wwwはプロフェッショナルを殺せない

http://d.hatena.ne.jp/anti-monos/20110923/p1
プロでもない私が考えてみた。
WEBは1000人の家999人のプロじゃない人間を駆逐する(数は適当だ)。では999人の中にいる『卵』達も一緒に駆逐されるのだろうか?プロである人種はそこで途絶えてしまうのだろうか?それはどうだろう『卵』達の殻は思ったより厚く丈夫なのかもしれない。
『卵』達は999人の中に何人いるのだろうか?
それこそ一人か二人なんじゃないだろうか。仮に一万人いたとしてプロと呼べる人間が十人。その『卵』達が倍だとしても二十人程度。最前線で活躍できる人間とその予備軍の人間だ。狭き門にはなるかもしれない。けどそれだけの人数を吸収できないって言うのならそれは産業として終わっている。WEBなんて関係ない位にいままで起こってきた事だ。
例として何をあげるべきか。
例えばレコードの工場を思い浮かべてみよう。CD以降、まぁ今ではそれすらもレガシーかもしれないが産業として縮小しきっている。だがまだ工場自体は一社かそこら営業しているはずだ。新規で作られるレコードも無いわけじゃない。もちろん市場規模は小さい。レコード生産のプロはどこで生きているんだろう。その『卵』たちは。その一社の中にプロはいるだろうしプロの『卵』達もその一社の中で育っていくしかないだろう。
そもそもどうしてもなりたいから『プロ』になるんじゃないのか?
石炭なりレコードなり、その産業が大きいうちは別段好きでもないし興味も無いが生活の為に賃金を得るためにその仕事をやってるだけの人間も多いだろう。出来上がったレコードを箱に詰めていた人間は別の工場でCDを箱に詰める。石炭を運んでいた人間は他の荷物を運ぶ。
レコードの品質を管理してたり材料の質の違いを吸収できたりするレベルの人間は元より少数だったはずだ。炭鉱だったら鉱山技師なんかもそうなのかもしれない。
世の中がプロとその『卵』達であふれたらどうなるんだろうか?
最初からプロでも『卵』でもない人間達はどうなるんだろうか。全員が詰める分の箱が無くなったら。もしかしたら今がその状態に近いのかもしれない。